鍼を持った未

老牧師の死

今日お世話になった牧師さんが亡くなった。満で104才だった。

私にとっては、牧師さんと言うより、幼稚園の園長先生だった。

小さな田舎町に、豪商の角倉家を譲り受け、キリスト教会を創り、幼稚園を併設されたのだ。

今でもその蔵を改造した教会は、上下町のシンボルとして街の中心にあり、教会としての機能と、街の観光としての機能とを未だに果たしている。

その教会の裏手に、幼稚園はあった。

鼻たれ小僧の百姓の息子が行くには、似合わない幼稚園であった。

そんな私にもいつも笑顔で接してくださり、お茶室を改造した書斎におられたのを覚えている。

そして、妻との結婚式を挙げたのも、この教会だった。園長先生は、もう八十を超えておられたが、神様への誓いの証人になっていただいたお陰で、貧乏でも幸せな家庭を築くことが出来ているのは、感謝感謝である。

そして、上下で開業したときも、治療に来てくださった。治療というよりお祝いに来てくださった。その時ちょうど100才。私の患者さんの最高齢記録である。

先生は、府中市で一番の長生きで、昨年まで、自転車を杖代わりに押して、毎日郵便局まで行かれていた。

この度肺炎を併発され、昇天されたわけだが、10数年前になろうか、奥様が亡くなられたときのお通夜で、みんなに挨拶されるときに、笑顔で、「家内は神様の元にいった」と言われ、本当に喜んでおられるようにお見受けしたのを、今でもよく覚えている。

人間亡くなると、神様の元に返るのだから悲しいことではない、と言うことをみんなの前で示されたそのすごさを、私も出来るのだろうか。

奇しくも、我が治療室で、クリスマスの聖歌を流しはじめたとき、向かいの翁山にツリーの点灯が始まったとき、神様からの迎えが来られた。

結婚のお祝いにいただいた聖書に

  いつも喜んでいなさい
  
     絶えず祈りなさい
 
  すべてのことについて、感謝しなさい
                         (テサロニケ第1の5の16~18)」

と記された結婚祝いの聖書、あまり読まない不届きものですが、神様と一緒に笑いながら見守っていて下さい。
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by somonasaka | 2004-12-07 16:30 | 気まぐれ日記
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地に平和 祈りし人に 宿りたる 安を迎うる 心と身体                   勵 鍼               未年の男が鍼を持つ。どうなる事やら。          
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