鍼を持った未

あけましておめでとう

明けましておめでとうございます。

といっても私は、昨年妻の父が亡くなっているので、おめでとうと大きな声で言っちゃあいけないのだ。

暮れからの雪で、正月はおとなしくしていました。

元旦に実家の上下に行き、一泊して帰り、お務めを果たした。といっても大変だったのは妻で、私は飲み飲みと運転手とで、いつもながらの私。

3日に暮れも元旦もお仕事の長女と合流して、家族一同恒例のカラオケ大会。拓郎、千春、かぐや姫そして、みゆきさんのお決まりコースに、今回スピッツに挑戦して、あえなく撃沈。

ならばと、今年はこれで勝負、 『やるぞ、見ておれ 口には出さず 腹に収めた男の、、、』
そう畠山みどり「出世街道」。

「ことしはやるでーーーーー。」

「いつまで?」なんて言わないで。
[PR]
# by somonasaka | 2005-01-05 17:27 | 気まぐれ日記

皆様よいお歳を

今日で今年のお仕事は終わり。

朝から降り出した雪が、上下治療室の前の翁山を白く化粧しています。
b0068965_18455059.jpg
今年初めての雪です。昨年は、20日に1m近く降ってビックリしたのに、この冬は、ほんとうに暖かかったです。

明日からお休みなので、年明けに、タイヤを替えましょう。

b0068965_18532612.jpg朝の翁おまが夜になると、世界一のツリーということで、山をクリスマスツリーにしています。チョット見にくいですが、こんな感じです。

クリスマスは終わりましたが、お正月の帰省の人のために、正月明けまで点灯しています。

常設していますので、誕生日など、記念日や、友達が帰ってきたからとお願いすれば、1000円で夏でも点灯してくれます。

それでは皆様よいお歳をお迎え下さい。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-29 19:01 | 気まぐれ日記

クリスマス

今日はクリスマス。

昨日はクリスマスイブ。鍼灸師会の先生の行っている教会で、クリスマスカンタータを見てきました。

家族でお呼ばれしだして、何年になるかな。家族といっても、今は、妻と長男と3人である。

長女はもう社会人で、イブの夜なんてロマンティクなことを考える暇もなく、馬車馬のように働いている。

ホテルでケーキを造っているのです。朝5時の始発に乗り、最終の0時に帰り、睡眠時間三時間ちょい。1ヶ月続けている。

でも好きな仕事だからか、弱音を吐きません。親ばかな両親は、毎日交代で鍼治療。倒れることなくクリスマスになった。

これからは、少しゆっくりになるそうです。

b0068965_13541240.jpg
これが、レアチーズとクレープのケーキ。これらを何百と造ったそうな。


こんなのアップするのだから、私もやはり親ばか。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-25 13:56 | 気まぐれ日記

大人になれない・・・・・

知り合いの小学校の子どもさんが、教室で幾人かの生徒に羽交い締めされ一人の生徒にハサミで切りつけられたそうです。

この様なことがおこるたびに、加害者の親の問題を考えます。

自分本位という自由の履き違え、そして義務を拒否している人が実に多いように思います。

ストレスから来るフラストレーションのもっていく場所が、非常に不味い。

ストレスの多い社会だからショウがない。などとストレスの性にしたり。

しかし、そのストレスとて、自分の欲求の処理が下手なために、より大きなストレスとして溜め込んでいるのでは。

子どもは、欲求を満たそうとします。例えそれがワガママといわれようとも。

この様な問題をおこす子の親たちは、自分にウソはつけないとか言いながら、欲求を満たしていきます。

例え子どもが、犠牲になろうとも。

だって子どもが、子どもを産んで育てているのだから。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-20 17:24 | 気まぐれ日記

感 激

今年の1月に妻の父親が亡くなったので、喪中のハガキを出した。

そうしたら、「この度は、ご尊家のご意向に沿いまして、来年の年始のご挨拶は、ご冥福を祈りつつ、控えさせていただきます。」というハガキをいただいた。

こういうのをもらうと、心の奥底まで届いてしまう。

儀礼的な、年賀状ばかり出していた、自分が恥ずかしい。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-17 17:17 | 気まぐれ日記

老牧師の死

今日お世話になった牧師さんが亡くなった。満で104才だった。

私にとっては、牧師さんと言うより、幼稚園の園長先生だった。

小さな田舎町に、豪商の角倉家を譲り受け、キリスト教会を創り、幼稚園を併設されたのだ。

今でもその蔵を改造した教会は、上下町のシンボルとして街の中心にあり、教会としての機能と、街の観光としての機能とを未だに果たしている。

その教会の裏手に、幼稚園はあった。

鼻たれ小僧の百姓の息子が行くには、似合わない幼稚園であった。

そんな私にもいつも笑顔で接してくださり、お茶室を改造した書斎におられたのを覚えている。

そして、妻との結婚式を挙げたのも、この教会だった。園長先生は、もう八十を超えておられたが、神様への誓いの証人になっていただいたお陰で、貧乏でも幸せな家庭を築くことが出来ているのは、感謝感謝である。

そして、上下で開業したときも、治療に来てくださった。治療というよりお祝いに来てくださった。その時ちょうど100才。私の患者さんの最高齢記録である。

先生は、府中市で一番の長生きで、昨年まで、自転車を杖代わりに押して、毎日郵便局まで行かれていた。

この度肺炎を併発され、昇天されたわけだが、10数年前になろうか、奥様が亡くなられたときのお通夜で、みんなに挨拶されるときに、笑顔で、「家内は神様の元にいった」と言われ、本当に喜んでおられるようにお見受けしたのを、今でもよく覚えている。

人間亡くなると、神様の元に返るのだから悲しいことではない、と言うことをみんなの前で示されたそのすごさを、私も出来るのだろうか。

奇しくも、我が治療室で、クリスマスの聖歌を流しはじめたとき、向かいの翁山にツリーの点灯が始まったとき、神様からの迎えが来られた。

結婚のお祝いにいただいた聖書に

  いつも喜んでいなさい
  
     絶えず祈りなさい
 
  すべてのことについて、感謝しなさい
                         (テサロニケ第1の5の16~18)」

と記された結婚祝いの聖書、あまり読まない不届きものですが、神様と一緒に笑いながら見守っていて下さい。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-07 16:30 | 気まぐれ日記

語り合おうよ鍼灸を!

鍼師tetsuさんが管理している、「鍼灸フォーラム」一度覗いてみてください。
http://hari.dip.jp/fo/?
そして、どんどん投稿してください。

昔の鍼灸師会は、よく飲み会などもあり、けんけんガクガク無礼講も混ざりよく語り合いました。

「今は、飲みながら話なんぞ出来るか。」という時代。

じゃあ、酒抜きで話をするかといえば、これも話が出来ない。

そこで最後の手段、ネット上で話をしましょ。

いい話がどんどん出てくることを期待して。
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-03 17:14 | 鍼灸

まじめに勉強

この前の日曜日は、岡山まで、越境勉強会に出かけました。

もちろん妻と同伴(家は、人も羨むオシドリ夫婦)。

岡山県とは、スキンタッチで縁が出来、甘えさせていただいている。

私、どこに行っても、甘え放し。

岡山県鍼灸師会の専門領域研修「婦人科疾患」の研修会で、筑波技術短期大学教授形井秀一先生の「不妊症」「妊娠中の腰痛」の講義を受けた。

形井先生は、昨年福山で行われた、第31回日本伝統鍼灸学会広島大会で、大変お世話になったのだ。

私はその時、運営委員長と事務局という立場で、シンポジウムの司会を先生にお願いした。

このシンポジウム、実は過去色々あった組み合わせをシンポジストに選んでしまい、先生には大変心労をおかけしたのだった。

幸いにも、シンポジストの先生も、人間的に優れた人ばかりで、事なき終えたのだが、この色々をあとから聞いたときには、血の気がひいたものだった。

もう、こんりんざい、運営委員長だ事務局だなど、やりたくね~~~~~~。

という、形井先生に、一年振りにあった。

大きなお土産。築賓穴と腰痛。(日本経絡学会誌第26号P67~「築賓穴で効果のあった腰痛症」茨城 形井秀一 参照)
[PR]
# by somonasaka | 2004-12-01 18:52 | 鍼灸

反抗期

勵鍼チャンは、子どもの頃ホントにおとなしい子どもでした。もちろん、今でもおとなしい。
ジッとしていろと言われれば、1時間でもジッとしているような子どもでありました。

おとなしい=よい子、ではありません。

実は、第1反抗期とよばれる幼少時の反抗期がない子ども、大人の顏色伺う子ども、子どもの反抗を力で押さえつけてしまう大人。

あとになって、大変困った人間になる確率が、高いそうです。

勵鍼チャン、その高い確率からも外れたみたいで、ホントのよい子だったようです。
だれにも確かめていないですが、自分で言うのだから本当でしょう。
[PR]
# by somonasaka | 2004-11-27 16:58 | 自分史

だるま大使

昨日の午後6時過ぎ、「今晩わ~」と言う声。

「は~い。チョットお待ち下さい。」と軽やかに答える私。
治療中の患者さんに「ごめんなさい。チョットお待ち下さいね。」と言ってでてみると、そこには「だるま大使」をお持ちになった郵便屋さん。

このだるま大使群馬県高崎市のラーメンなのだ。(カップ麺は、関東限定販売だそうだ)
b0068965_174726100.jpg



b0068965_11202267.jpg













All About >> グルメ・クッキング >> ラーメン >> あなたの一票

http://allabout.co.jp/gourmet/ramen/poll/mpollresult.htm


の中の、「新横浜ラーメン博物館、入って欲しい店は?」で、堂々の第4位に食い込んでいる、ラーメン屋さんなのだ。(因みに我が備後地方を代表する朱華園は第2位、群馬に負けなくてよかった)

このラーメン、今私のはまっている、「sサイズの温泉卵」のお兄さんから送られてきたものなのだ。

早速、息子と食べてみた。

ここれは、まさしく九州ラーメン。それも脂ギトギト。佐世保のお富さんか、博多の屋台か、何処かで食べた味だ。

家内は、スープ飲んだ(舐めた)だけで、ギブアップ。
息子は、数時間、胃がもたれる~(おまえは脾虚の寒証か)。
私は、美味かった。もちろん4分待って完成したスープまで全部飲んだ(同じ脾虚でも、胃実)。

何で、上州高崎でこの味のラーメン屋さんが流行るのか。
そして何で、高崎のラーメンが、カップ麺となると、道産子になるんだ。

もしかして、sサイズのお兄さんも道産子。高崎と北海道は不思議な赤い絲でつながっているのか。

味は、気候風土そして文化で、地域性があると思っていたが、今の日本は、空調設備の充実?、流通の発達、そしてマスコミによる情報の氾濫。そして何より、自己決定権をなくした個人により画一的日本人が多くなってきたと言うことか。

追伸:sサイズのお兄さんが自己決定権をなくした画一的人間とは、決して思っていません。それどころか・・・・・・・・。
[PR]
# by somonasaka | 2004-11-26 11:45 | 気まぐれ日記



地に平和 祈りし人に 宿りたる 安を迎うる 心と身体                   勵 鍼               未年の男が鍼を持つ。どうなる事やら。          
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31